贈与金を隠し、学費が払えないと言い出した夫。私にぼやけば解決すると思った?

夫の事がマジ嫌になった!あなたは依存心の塊です。自力で何かを成し遂げて見せてよ!まあ無理だろうけどね。 教育費の話

久しぶりに、こうしてブログの前に座っています。 今、私の心にあるのは、嵐が去った後のような静けさと、ある揺るぎない決意です。

子供が大学3年生になります。本来なら、社会へ出る準備を始める我が子を眩しく見守る時期です。しかしながら、その節目を目前にして、夫が独り言のように、私に聞こえるようにぼやき始めました。

「……学費を払うのが、まじで厳しい」

その瞬間、部屋の空気が凍りつきました。 夫はこれまで、実家から数百万円もの贈与を受ける予定があることを、私に隠していました。そのうえで、「何とかなる」という強気な姿勢を私に見せ続けてきたのです。その言葉を信じていたわけではありませんが、私はあえてノータッチを貫いてきました。なぜなら、それが彼のプライドなのだと思っていたからです。

ところが、そのあてにしていたお金を、あろうことか自分の兄弟に使われてしまい、手元に入ってこないことになったのだそうです。 計画が狂い、自分一人ではどうにもならなくなった途端、彼は私に「相談」という体裁ですらなく、ただ困っている自分をアピールしてきました。つまり、私が「しょうがないわね」と肩代わりしてくれるのを待っていたのでしょう。

憤りは、言葉にするのも汚らわしいほどでした。怒鳴り散らしたい衝動をぐっと堪えて、私は恐ろしいほど冷静な声と言葉で、彼に引導を渡しました。

「私に話すのは、間違っているわ。自分にその力がないと言うのなら、私ではなく、子供と話し合いなさい」

だって、考えてもみてください。私たちの子供が、どれほどの覚悟でこの道を歩んでいるか。 一度は誰もが羨むような「いい大学」への切符を手にしました。けれども、子供はそこで安住することを選ばなかった。自分の内側から湧き上がる「本当にやりたいこと」を無視できず、自らその切符を捨て、退学という大きなリスクを背負って別の大学へ編入したのです。

子供が退学を決める前、私たち両親に相談に来た時のことを、今でも鮮明に覚えています。 その時、夫は優しい父親の顔をして、こう言いました。 「僕たちは先に死んじゃうんだから。やりたいことをやっていいよ」

その言葉に、子供は驚いていました。きっと、私に猛反対されると身構えていたのでしょう。しかし、私も反対はしませんでした。子供の人生を尊重したかったし、何より、そう言って背中を押す夫を信じたかった。

そうして「許可」を得て、二年生から編入してスタートした大学生活。子供は心の底からホッとした様子で、希望を胸に大学へ通っていました。

それなのに、いよいよ三年生になろうという今になって、学費のことでこんな話を、さも被害者のような顔で言い出すなんて。 あの時、威勢よく「やりたいことをやれ」と言ったのは、一体誰だったのか。もしも、卒業までの学費を工面する覚悟も、具体的な計画もなかったのなら、なぜあんな無責任な言葉をかけられたのか。

今さらですが、こう思わずにはいられません。 「お金の目処が立たなかったのなら、なぜ、まだお金のかからない前の大学を卒業するように説得しなかったのか!」と。

親が「いいよ」と背中を押すということは、その人生を最後まで支え抜く責任を引き受けるということです。したがって、その責任を不確かな計画に委ね、それが崩れたら私に頼ろうとする無責任さは、子供の純粋な決断を汚すことに他なりません。

結局、夫は子供と一緒に学資ローンを組むことになりました。 私は、母親としてお金をかき集めれば払えないことはありません。けれど、ここでお金を出すのは「違う」と確信しました。 話し合いを終えて戻ってきた夫は、何を勘違いしたのか、憑き物が落ちたような晴れ晴れとした表情をしていました。一方の子供は、これから社会人になって背負う負債の重みを初めて実感し、沈んでいます。 とはいえ、これも子供にとっては、親任せの温室を出て、責任を負って成長する糧になると信じるしかありません。

ただ、私は。夫のことが、さらに嫌いになりました。
「私は自分の子供に、こんな情けない父親を用意してしまったのか」
という激しい自己嫌悪。男を見る目がなかった。私は、夫選びに決定的に失敗したのだと、認めざるを得ませんでした。

そして、この怒りは婚姻制度という歪んだ枠組みへと向きます。 なぜ、稼ぐ力のある方が世帯主になればいいのに、実力の伴わない夫が、プライドのためだけに「世帯主」の椅子にしがみつくのか。この価値観が、稼げる妻をどれほど苦しめているか。一刻も早い夫婦別姓の実現を求めます。

【制度がもたらす不自由】 自立した女性の足を引っ張る、今の日本の婚姻制度のあり方について。法務省:選択的夫婦別氏制度について

夫の無策は、学費だけではありません。彼は保険にすら入っていません。「高額医療費制度があるから大丈夫だ」と言い、リスク管理を放棄している。

【「大丈夫」という過信の代償】 国保だけでは守りきれない、医療の現実と経済的な壁。厚生労働省:高額療養費制度を利用される皆様へ

本人が病気にならないつもりなら、もう何も言いません。 ですが、もし彼が倒れた時、私は支払えるお金の範囲でしか医療を選ばせません。 「もっと払えるお金があったら、助かったかもしれない」 そんな結果を招いたとしても、それは彼自身が選び取った「トリアージ」の結果です。私はもう、あなたにもっと生きていてほしいとは、思っていない。

私が50歳で払い終えた保険。これは65歳で解約して数百万円を手にし、自分と子供のために使います。 かつて私が投資を始めた時、彼は「そんなものを信じるなんて馬鹿か」と私を蔑みました。 だからこそ、そのお金を彼には残さない。すべて子供へ相続し、私自身の自由のために、一滴残らず使い切るつもりです。

私はおそらく、彼より先に死ぬでしょう。 その時、夫を究極の生活困窮者に陥れてやる。それが私の、人生を賭けた復讐です。 子供には言い続けています。「私が死んだら、父親を助けて共倒れになってはいけない。すぐに離れなさい」と。

夫という存在は、私にとって重すぎる足かせです。 けれども、私には稼ぐ力がある。 この力さえあれば、そんな足かせなんて、もう痛くもかゆくもないのです。 これからの人生、私は私の幸せに集中します。夫の尻拭いは、二度とするつもりはありません。


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